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赤色チャート 打製~磨製石器 [永遠の謎なぞ]

忽那諸島ですけど、本日は、以前に父が砂浜で拾ってきた石について!!

この島は、花崗岩や輝石安山岩や石灰岩とそれらが、風化侵食してできたまさ土と動植物の恵みといいますか、その腐葉土で構成されているのですが

調べていたら赤い石なのでチャートだという事だったのですが、このあたりではみかけたことがありません。近くも探していたら山口県や伊予あたりでは赤色チャートの石器は発見されているようだった。

最初は、機械でカットした石材の端材とかが、波打ち際で侵食された感じにみえてたのですが、よーく観察していたら、もしかしたら、縄文時代に、貝や木の実とか潰したりしていた石器かもって思えてきた。

赤色チャート 打製~磨製石器01.JPG
長 : 84mm
赤色チャート 打製~磨製石器02.JPG
幅 : 46mm
赤色チャート 打製~磨製石器03.JPG
厚 : 26.5mm
赤色チャート 打製~磨製石器04.JPG
重 : 230g。

打製から磨製くらいの中間的な石器ではないかとは考えてるのですが、石斧の作りかけか、すりこぎ石か、これも謎だな~(汗;)。

氷河MAX期は、降り積もった雪で、南極大陸は。エベレストより高い山だったと思うのですが、その頃って、瀬戸内海は、大部分が陸続きだったと思うのです。旧~新石器時代、毛皮まとって、横穴式住居で寒さをしのいでいた筈ですよね~。

島々は、沈降性という事で35mくらいは沈んでいるらしいという文献を読みましたけど、現在までの海進が100~130mくらいという事なので、当時の生活は100m以上の深い海の底ってことなんだと行き着いてしまった。

この石は、まっかな偽者なのか、7000年前以降のものか、何処からか別の場所から運ばれてきた可能性なども


● 参照文献
地形・地質 - データベース『えひめの記憶』生涯学習情報提供システム
ttp://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:1/1/view/16


PS : 伊予市の新川という、重信川の数キロ南側に海岸があるのですが、戦後はまだ、大きなハマグリが沢山とれていたらしいです。環境悪化でいなくなったのか、地下水の湧き水とかの現象で汽水域が徐々に失われていった結果なのかもって思う。

そうすると、この島でも汽水域の2枚貝がいた可能性はありそうに思えてきてる。


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